朱雀俳句会

 

                 主  宰  田中 春生

                 名誉主宰  有山八洲彦

  師系 鷹羽狩行
  平成3年11月、有山八洲彦が奈良市で創刊。
  感性の切先と境涯の重さを底に沈め、香気ある表現を目指す。
  誌代1部1000円(見本誌謹呈)
  初心者歓迎 特に堺市・大阪狭山市で新会員募集中

 

 

 

  1・2月号 風韻抄 (春生抽)

荒壁に夕日さしこむ一茶の忌     關  茂子
靴紐を締むる野の道昼の虫      建林 成治
檸檬厚切り本降りとなる夜更け    田中 清司
秋晴や腿光らせてハードル走     山口 知子
狐火やむかし農家の外厠       山本 幾乃
澄む空の底ゆく宇宙ステーション   かざみ 漣
湖風にさらはれさうや秋日傘     北川たみ子
十三夜電車ゆつくり止まりけり    清水 若子
朝顔や言葉増えたる向かひの子    末田 咲子
向日葵のうつむくむかう余呉の湖   土田 善子
芒の穂どれも若草山に向く      中田 瑞穂
ちから出し切りしかろさの朴落葉   野村香代子
工場の灯離るる渡船秋の暮      濵上  聡
弧を描く指揮棒の先秋気澄む     平尾 徹美
はからずも姉妹そろひぬ月今宵    細井三重子
コスモスをしばらく抱いてから括る  湯浅 芳郎
猪に追ひ回される日々となり     今西眞佐男
ビー玉の面に拡がり秋夕焼      犬塚 智子
親の方見て走る子も運動会      田中 吉美
「新蕎麦ありここより五粁」木曽深し 山本 昭江

    1・2月号 句味抄出              田中 春生

  荒壁に夕日さしこむ一茶の忌   關  茂子
 綺麗に塗られた白壁ではなく、土の肌が剥き出しになった荒壁にさしこむ夕日。優雅さとは対極でありながら、どこか人の体温が感じられるような心惹かれる情景である。すべてが思いどおりに順調にいくわけではない現実を生きる悲哀が感じられる。この情景は、逆境をもがくように生きた一茶と響き合うようだ。


  靴紐を締むる野の道昼の虫    建林 成治
 秋の野道を歩いて来て靴紐の弛みに気が付いた。それまでは平坦な舗装路を歩いていたので、弛みが気にならなかったのかも知れない。屈み込んで靴紐を締め直すとき、虫の声がはっきりと聞こえたのである。野道にしばし留まり地に近く屈むことで、身近に感じられる虫の声。作者の姿が彷彿とするところが秀抜。


  檸檬厚切り本降りとなる夜更け  田中 清司
 夜更けまで読書か執筆かをしているのだろう。休憩のひとときに切る檸檬。その色彩も香りも眠気を払ってくれるかのようである。静寂の中に響く雨の音。どうやら本降りとなったようだ、と戸外へとあらためて関心を向ける作者。夜更けまでひとり起きている心の動きが印象的に描かれている。


  秋晴や腿光らせてハードル走   山口 知子
 足を振り上げ、ハードルを越えて走路を進む陸上選手たち。前方へ素早く伸ばされる逞しい太腿が秋の強い陽射しに輝く。陸上競技の種目のなかでも、足の動きが特に目立つハードル走。その走者の「腿」に焦点を当てたことで、活気ある競技場の情景が鮮明に浮かび上がってくる作品となった。


  十三夜電車ゆつくり止まりけり  清水 若子
 ゆっくりと電車が停止することと、十三夜とに特に因果関係はない。しかし、十三夜の醸し出す静謐で艶のある情感と、時間をかけて動から静へと移行しつつある車輌とには情感の上ではっきりと響き合うものが感じられる。電車が静止するその瞬間をとらえることで、月光の下の深々とした時空が息づくように立ち顕れるかのようだ。


  向日葵のうつむくむかう余呉の湖 土田 善子
 余呉湖は岸からすぐに山が続くのではなく、集落の田畑が岸辺に広がっている印象が強い。向日葵越しに湖を捉えたこの句は、その湖の特徴を見事に捉えている。琵琶湖よりさらに北にある湖だけに夏はすぐに過ぎる。うつむく向日葵に去り行く夏の哀愁が重なる。


  芒の穂どれも若草山に向く    中田 瑞穂
 若草山との位置関係からすると平城宮址の芒原でもあろうか。ふと気が付くと、どの芒も同じ方向へ穂を伸ばしているのである。表現において、「どれも」と芒の穂ひとつひとつを意識することで芒の穂の姿が見えて来るところがよい。


  コスモスをしばらく抱いてから括る 湯浅 芳郎
 コスモスを紐で括るためには、まず両の手で束ねることになる。この動作を「抱く」と捉えたところに豊かな情感が生れている。素早く機械的に作業してしまうのではなく、「しばらく抱いてから」の表現に美しく咲いたコスモスへの思いがこもる作品である。


  ビー玉の面に拡がり秋夕焼    犬塚 智子
 特にどんな場面かが示されていないが、「ビー玉」というモノから、少年達が夕方まで一心に遊んでいる場が自然に連想されてくる。たとえ、窓辺に置かれたビー玉であったとしても、美しい夕焼を映すその姿に幼かった遊びの場が思い出されるに違いない。


  親の方見て走る子も運動会    田中 吉美
 運動会での徒競走の一場面がいきいきと描かれている。競技に集中してゴールの方を向いて走る子もいれば、声援を送る親の方に顔を向けて走る子も何人か。競走の結果よりも、親が来て見守ってくれることがうれしくて仕方がないのである。


  「新蕎麦ありここより五粁」木曽深し 山本 昭江
 掛け札や張り紙の文章が、句に取り込まれることはよくある。この句では「ここより五粁」が俄然精彩を放っている。木曽の街道をさらに辿るのか、それとも街道をそれて山麓近くへ入っていくことになるのか。いずれにしても木曽の山深さが伝わる作品である。

 

  雪の村    田中春生    「朱雀」2018年1・2月号

春生添削例 (右=原句 左=添削句) 7・8月号、9・10月号手毬集・朱雀集より