朱雀俳句会

 

                 主  宰  田中 春生

                 名誉主宰  有山八洲彦

  師系 鷹羽狩行
  平成3年11月、有山八洲彦が奈良市で創刊。
  感性の切先と境涯の重さを底に沈め、香気ある表現を目指す。
  誌代1部1000円(見本誌謹呈)
  初心者歓迎 特に堺市・大阪狭山市で新会員募集中

 

 

 

  5・6月号 風韻抄 (春生抽)

決め球の曲らぬカーブ春の風      田中 清司
夫の鞄膨らみバレンタインデー     山口 知子
風花やレンガ庁舎の二重窓       山越 桂子
春月の忍び入りたり道路鏡       山本 幾乃
風花や運動場へ我先に         かざみ 漣
あるだけの力で水車凍てこばむ     北川たみ子
手になじむ機の杼の艶山笑ふ      關  茂子
中程で乾瓢の抜け恵方巻        定師みき子
先生の声よくとほり春の風       建林 成治
板囲ひされて売らるる蓬餅       末田 咲子
書初の滲むは紙をはみだすは      土田 善子
雪解やかすかに鈴のごとき音      野村香代子
フルートのやさしさに似て春の雨    細井三重子
ほどほどに酌めと云はれて年迎ふ    今西眞佐男
ゲレンデに影絵のごとく岳樺      清水 若子
日脚伸ぶ箪笥に母の割烹着       北村 士守
啄木忌十五歳の悩み聞いてをり     犬塚 智子
うなづきて聞きくるる友あたたかし   鍋野美智子
強がりは口先だけの春炬燵       石脇 幹也
ケーキ焼く口一文字バレンタイン    窪田三重子

    5・6月号 句味抄出              田中 春生

  夫の鞄膨らみバレンタインデー  山口 知子
 帰宅した夫の鞄。ふだんより膨らんでいることに気付いた作者。今日がバレンタインデーであることから贈られたチョコレートで膨らんでいるのだ、と確信できるような、そうとも限らないような。まったく別の物が鞄から出てくるかも知れない。夫婦間の心理は想像にまかせ、鞄だけを描いたところが面白い。


  春月の忍び入りたり道路鏡    山本 幾乃
 ふと見ると、道路鏡に月が映っている。それまではまったく気が付かなかったのである。気が付かなかったのは、こちらの目を盗むようにして、こっそりと月が道路鏡の中に入り込んだからだ、とした作品。優しげな春の月がふさわしく、「忍び入る」という一語によって、状況が見事に伝わるところが優れている。


  風花や運動場へ我先に      かざみ 漣
 上五を「風花や」と切字を使って切っていることから、我先にと運動場へ殺到しているのは、今まで教室にいた児童たちであろう。突然に舞い始めた雪片に触れようとして、手を伸ばして歓声を上げて走る子どもたちの姿が目に浮かんでくる。そんな運動場へと風花もまた殺到していると捉えることもできるようだ。


  先生の声よくとほり春の風    建林 成治
 運動場での集会の場面でもよいが、体育の授業時間と解釈するのが「春の風」にふさわしい。新しく担当する生徒達に向かって、熱心に指導する先生の声。溌剌とした声が春風に乗って聞こえてくるようだ。一学期が始まったばかりの授業の緊張感が、先生の声にもそれを一心に聞く生徒にも感じられる。


  板囲ひされて売らるる蓬餅    末田 咲子
 老舗の整然とした店舗ではなく、ハイキングコースの道端で売られているような蓬餅。小屋ともいえないような囲いのなかで売られているのだ。無人販売所なのかも知れない。その土地の人が摘んだ蓬で丹精こめて作られたものだろう。見かけは良くなくとも、蓬の香りの高い素朴な味わいがすることだろう。


  書初の滲むは紙をはみだすは   土田 善子
 新年のこと故、書初の句はともすると、あまりにも格好よく詠まれがち。それを逆手にとるように、思うように事の運ばない、いや運ばなさ過ぎる書初であるのが面白い。しかしながら、「滲む」のはたっぷりと墨が含まされており、「はみだす」のは力強く書くからであり、プラスの方向性が目出度さにつながる。


  雪解やかすかに鈴のごとき音   野村香代子
 残雪がその内部で解け初めているのである。雫となり滴り落ちる音でもあろうか、かすかな音が聞こえてくる。作者は、それを鈴をふる音のようだ、と捉えたのである。厳しかった冬が去り、春を迎える期待感がかすかな雪解の音をそう感じ取らせたに違いない。


  啄木忌十五歳(じゅうご)の悩み聞いてをり  犬塚 智子
 石川啄木の短歌「不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」を下敷きにした作品。作者は学校で生徒達の悩みを聞く立場にあるのだろう。啄木の歌と合わせて鑑賞することで、時代を超えて共通する十五歳という多感な年齢へと思いを馳せさせる句だ。


  うなづきて聞きくるる友あたたかし   鍋野美智子
 自分が話す言葉のひとつひとつを頷きながら聞いてくれる友人。ときには独り善がりになっている話も、批判するのではなく、しっかりと受け留めて呉れているのだ。親身になって聞いて貰えるだけで、悩みは半減するもの。人と人とのつながりが季語と響きあう。


  強がりは口先だけの春炬燵    石脇 幹也
 強気の発言を繰り返す人と相対しているのである。それに対して、口先だけのことであると見抜いている作者。実際に場面に遭遇したら、たちまちに萎縮するに違いないと思っているのだ。何しろ、春炬燵の中に足を突っ込んで動こうともしないのであるから。


  ケーキ焼く口一文字バレンタイン 窪田三重子
 バレンタインデー用のケーキを真剣な面持で手作りしている場面。菓子作りは少しでも分量や手順を誤ると取り返しがつかない。バレンタインデーに贈る手作りケーキとなれば、真剣そのものとなることだろう。その姿が「口一文字」で巧みに描写されている。

  燕の子    田中春生    「朱雀」2018年5・6月号

春生添削例 (右=原句 左=添削句) 11・12月号、1・2月号手毬集・朱雀集より